原発を止めるのは自然の摂理

2011.08.09 Tuesday

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    今日は8月9日で、長崎に原爆が落とされた日ですね。
    今から66年前。

    今年は、福島第一原発の放射能漏れ事故が起こり、放射線の被害が拡大したこともあり、原爆と原発が関連付けるけられています。

    「長崎以降もう2度と被爆者を出してはいけない。」

    という願いは、かなう事は出来ませんでした。低放射線とはいえ浴びてしあったし、吸ってしまった。

    私は浴びた量に関しては、「そうしたことはない」と思っていますが、「吸ってしまった事」に関しては、重大な関心を持っています。今後どうなるのかは全く予想は付きません。時間と共に少しずつ事実が明らかになることなのでしょう。

    今日のテーマ

    原発を止めるのは自然の摂理


    これは私が昔から思っていた事です。


    原発を止める理由は、私が考えるに2つありあす。

    1.ウランは無限にある鉱物ではない。

    2.放射性物質は天から与えられた物ではない。


    1はよく言われていることです。私たちは以前から「石油はいずれ無くなる」とはたくさん聞いてきました。でも「ウランはいずれなくなる」という話は聞いた事はほとんどありません。

    しかし、どちらも鉱物資源であることにはかわりはないのです。


    結局いずれなくなるものをあてにし続けて、今の世代だけでエネルギーを浪費するのは、子孫に対するエゴイズムである。

    と思っています。

    2つめは、どちらかというと哲学というか倫理観から来る問題なのですが、

    「もともと自然界に無い物質を作り続ける事が本当によい事なのか。」

    ということです。


    例えば、

    ・遺伝子組み換え食品
    ・クローン牛


    などそうなのですが、直接被害が無くても倫理観に反するものってどうなのよ。という問題は常に付きまといます。


    私は放射性物質の入った製品を取り扱っていますが、あれは元々自然界にあったものをちょっと加工して製品化しているだけです。

    でも、原発というのは元々自然界には存在しなかった放射性物質を毎日生産し続けているのです。その代替としてエネルギーを作っている 

    自然に逆らうと、いずれ自然からしっぺ返しをくらう





    私は特に宗教に熱心なわけではないのですが、最近そんな事をよく思ったりしています。

    「原発はコストが安い、原発を止めると企業が海外に逃げていく」


    そういう解説しか出来ない、評論家、コメンテーター、学者、政治家、官僚、は何か次元か低いような気がしてなりません。

    大事な事は、もっと違うところにあるのではないでしょうか。